塩の道とは

塩や海産物を内陸に運ぶのに使われた道のことをいう。また反対に内陸からは、山の幸(食料に限らず、木材や鉱物も含む)が運ばれた道でもある。製塩が化学製法に代わり、専売法に依る規制がかけられる以前は海辺の塩田に頼っていたことから、日本の各地で、海と山を結ぶかたちで数多くあった。日本各地で盛んだった塩の道での往来は、大糸線や飯田線といった鉄道建設に反映されたり、1960年代以降に道路が整備されて、現在も物流の主要なルートとして残っている。

また海外においても、ネパール西北部のカリガンダキ渓谷地域やマレーシアのクロッカー山脈公園を横切る塩の道をはじめ、各地に塩の道が存在している。

千国街道-塩の道

千国街道(ちくにかいどう)は、新潟県糸魚川から長野県大町・安曇野を経て松本盆地の松本・塩尻に至る道筋である。別名、糸魚川街道、安曇野街道、松本街道[8]とも呼ばれる。信濃側では糸魚川街道、越後側では安曇野街道や松本街道と呼称された。沢渡宿と佐野宿、飯田宿と飯森宿は併せてひとつの宿として機能した。江戸時代は、信濃の松本藩が日本海産の塩を運ばせた主要ルートで、藩では太平洋産の塩を藩内に流入させるのを禁じ、領内に必要な塩はすべて日本海側から運ばせた。その理由は定かではないが、最も海に近いルートで複数の藩を経由せずに塩を運べたので利便性を優先した結果からだとする説がある。

現在、千国街道にあたる道筋は国道147号と国道148号の2本の一般国道の路線になっていて、これに並行してJR大糸線が走っている。古寺社や石仏、道祖神などの史跡が沿道に残されており、歴史観光のルートにもなっている。通過する自治体である小谷村・白馬村・大町市では、毎年5月初旬に「塩の道祭り」が催されていて、昔の旅姿に扮した地元住人が観光客とともに千国街道を歩く。

文献の一部はWikipediaより引用

「塩の道を歩く」モデルコース紹介 [小谷村サイト]